「この不動産を購入すれば節税できます」
高い所得税や住民税を負担している会社経営者や高所得の会社員であれば、このような提案を受けたことがあるかもしれません。
- 営業担当者から説明を受ける。
- 節税シミュレーションを見せてもらう。
- 不動産所得で赤字を作り、給与所得などと損益通算することで税負担を減らせると説明される。
さらに、
- 「税理士にも確認しています」
- 「これまで多くのお客様が利用しています」
- 「合法的な節税方法です」
と言われれば、
「専門家が確認しているなら大丈夫だろう」
と思ってしまうのも無理はありません。
しかし、ここで絶対に理解しておかなければならないことがあります。
不動産会社や税理士が「節税できる」と判断することと、税務署がその申告を認めることは同じではありません。
税務調査で前提となる事実関係や経費性、所得区分、減価償却、取引の実態などについて異なる判断をされれば、想定していた節税効果の全部または一部が認められない可能性があります。
その結果、
起こり得る流れ
- 節税するつもりで不動産を購入した
- 毎年の赤字を他の所得と通算した
- 税金が減った
- 数年後に税務調査
- 申告内容を否認
- 過去の税金を追加で納める
ということが起こり得ます。さらにケースによっては、追加の本税だけでなく、加算税や延滞税まで負担することになります。
国税庁も、税務調査後の修正申告や更正によって税額が増えた場合には、一定の場合に過少申告加算税が課され、さらに納付までの期間に応じて延滞税が発生することを説明しています。
節税するために始めた投資が、最終的には大きな納税負担を生む。これが「節税商品」を購入するときに最も警戒すべきリスクの一つです。
不動産投資による節税自体が違法なのではない
最初に誤解のないようにしておきたいのは、
不動産投資を利用して税負担を抑えること自体が違法という話ではありません。
不動産所得は、家賃などの総収入金額から必要経費を差し引いて計算します。その結果、不動産所得に損失が生じた場合、一定の範囲で他の所得と損益通算できる制度があります。これは国税庁も明確に説明している正規の制度です。
例えば、
不動産所得の例
- 家賃収入 300万円
- 必要経費 400万円
- 不動産所得の損失 100万円
であれば、不動産所得として100万円の損失が生じます。一定の要件を満たせば、その損失を他の所得から差し引ける場合があります。
したがって、
「不動産の赤字を利用したら脱税」
ということではありません。問題になるのは、
その赤字が税法上、本当に認められる赤字なのかということです。
営業マンが作った「節税シミュレーション」は税務署との約束ではない
不動産会社から物件を提案される際、
「年間○○万円節税できます」
というシミュレーションを提示されることがあります。
ここで注意したいのは、その資料はあくまで一定の前提条件から計算したシミュレーションであるということです。
例えば、
- 取得価額。
- 土地と建物の割合。
- 減価償却費。
- 借入金利。
- 家賃。
- 管理費。
- 修繕費。
- 所得税率。
- 住民税率。
こうした数字を組み合わせれば、将来の税負担を試算できます。しかし、一つでも前提が変われば結果も変わります。
特に重要なのが、
「税務上、その計算方法や経費処理そのものが認められるか」という部分です。
営業資料に、
「年間300万円節税」
と書かれていても、税務署が、
「この300万円すべてをそのように処理することはできません」
と判断すれば、シミュレーション通りにはなりません。営業資料は税務署の承認書ではないからです。
「税理士が大丈夫と言った」も絶対的な保証にはならない
さらに難しいのが、税理士から問題ないと言われた場合です。もちろん税理士は税務の専門家です。複雑な取引を行うのであれば、税理士に確認することは非常に重要です。
しかし、
「税理士が大丈夫と言った」ことと、「税務調査でも必ず同じ結論になる」ことは別問題です。
税務では、法律や通達だけではなく、実際にどのような取引が行われたのか、契約内容、資金の流れ、事業実態、資料なども含めて判断されます。
興味深いことに、国税庁自身が設けている「税務上の取扱いに関する事前照会」の文書回答でさえ、回答は照会された事実関係を前提としたものであり、異なる事実があれば異なる課税関係が生じる可能性があると明記されています。
つまり税務では、
「誰が大丈夫と言ったか」以上に「実際の取引がどうなっているか」が重要になるのです。
国税庁自身が「損益通算できない不動産の赤字」を定めている
「不動産所得が赤字なら全部給与と相殺できる」と考えるのも危険です。不動産所得の損失には、損益通算できないものがあります。
例えば国税庁は、不動産所得の損失のうち、土地等を取得するための借入金利子に相当する一定部分などについては、他の所得との損益通算の対象にならないと説明しています。
さらに象徴的なのが、国外中古不動産です。
かつて、高所得者向けの節税方法として海外中古不動産を取得し、短い耐用年数による大きな減価償却費を計上し、給与所得などと損益通算する方法が利用されていました。
しかし税制改正によって、令和3年以後、一定の国外中古建物については、その減価償却費に相当する損失について損益通算を制限する制度が導入されています。
これは非常に重要な事例です。
当時合法的に利用されていた節税手法であっても、制度そのものが将来変更される可能性があるということを示しています。
「合法」と「将来も節税できる」は違う
節税商品の営業では、
「これは合法です」
という言葉が使われることがあります。しかし、
- 合法であること。
- 税務署にその申告内容を認めてもらえること。
- 同じ節税効果が10年間続くこと。
この3つは分けて考える必要があります。
現在の税法では認められている。しかし来年の税制改正で変わる。ということもあります。
また、一般論としては認められている。しかし自分の取引実態では要件を満たしていなかった。ということもあり得ます。
したがって、
「合法だから安心」だけでは投資判断として不十分なのです。
節税目的になると「投資として儲かるか」が後回しになる
不動産投資でさらに注意したいのが、
節税効果ばかりを見ているうちに、物件そのものの収益性が二の次になることです。
本来、不動産投資で確認すべきなのは、
- 物件価格。
- 家賃。
- 実質利回り。
- 空室率。
- 管理費。
- 修繕費。
- 借入金利。
- 将来の売却価格。
- 地域の人口。
- 建物の状態。
などです。ところが、
「年間200万円税金が安くなります」
と言われると、その200万円が強烈な魅力に見えてしまいます。例えば本来なら買わないような収益性の低い物件でも、「節税できるから」という理由で購入してしまう。これは順序が逆です。
節税効果がなくても投資として成立するのか。そのうえで税制上のメリットがあるのか。この順番で考える必要があります。
追徴課税になってもローンは消えない
ここが不動産投資の非常に厳しいところです。仮に節税効果を否認されたとしても、
不動産のローンまでなくなるわけではありません。
例えば、
前提が崩れる例
- 5,000万円の物件を購入した
- 年間200万円の節税効果があると説明された
- それを前提に資金計画を立てた
- しかし後にその処理の全部または一部が認められなかった
そうなれば、
- 追加の税金を払う。
- 場合によっては加算税・延滞税も払う。
- それでも5,000万円の物件とローンは残る。
という状況になる可能性があります。節税効果を投資収益の重要な一部として計算していた場合、その前提が崩れると投資全体の収支が大きく変わります。だからこそ、
「節税できるから買う」という投資判断は特に慎重に行うべきなのです。
販売会社と投資家では利益が一致しているとは限らない
もう一つ理解しておきたいのが、不動産販売会社との関係です。不動産会社は不動産を販売することで利益を得ます。投資家は不動産を保有・運用することで利益を得たい。両者の目的は似ているようで完全には同じではありません。
販売会社は物件が売れれば売上になります。しかし投資家は、
- 5年後。
- 10年後。
- 20年後。
までローン、空室、修繕、価格変動などのリスクを負います。
節税も同じです。販売時点で、
「このような税務メリットが期待できます」
と言われたとしても、実際に税務調査を受けるのは購入者です。申告書を提出するのも購入者です。追加の税金が発生した場合に納付するのも、原則として納税者本人です。
だからこそ、販売する側の説明と、自分が負うリスクを分けて考える必要があります。
節税商品を検討するときに確認したい5つのこと
節税を目的とする不動産投資を検討するのであれば、少なくとも次の5点は確認しておきたいところです。
-
節税効果がゼロでもこの物件を買うか
これが最も重要です。節税効果がなくても投資として魅力があるなら、税制メリットはプラスアルファになります。反対に、「節税できなければ絶対に買わない」物件なら、税務上の前提が崩れた瞬間に投資価値そのものが崩れる可能性があります。
-
節税額ではなく、その根拠を確認する
「年間300万円安くなります」だけでは不十分です。なぜ300万円なのか。どの経費を計上しているのか。どの法律・制度に基づいているのか。どの前提が変われば節税額が変わるのか。まで確認する必要があります。
-
販売会社とは独立した税理士にも相談する
販売会社から紹介された専門家だけではなく、自分自身が依頼している税理士など第三者の意見を確認する方法もあります。重要なのは、商品を販売することによって利益を得る立場とは別の視点を入れることです。
-
税務署から否認された場合をシミュレーションする
節税額300万円だけを見るのではなく、「仮に300万円が認められなかったらどうなるのか」も計算します。追加納税しても投資を続けられる資金余力があるのか。ここまで見て初めてリスクを理解できます。
-
制度変更リスクを考える
現在認められている税制が、10年、20年間そのままとは限りません。国外中古不動産に対する損益通算制限のように、制度が変更されることもあります。税制メリットだけを頼りにした長期投資は、このリスクを抱えます。
「税理士が言った」「不動産会社が言った」は税務調査の答えではない
税務の世界では、
「誰かに大丈夫と言われた」だけでは十分ではありません。
- 不動産会社が大丈夫と言った。
- 税理士が大丈夫と言った。
- 知人も同じ方法を使っている。
- ネットにも節税できると書いてある。
それらは判断材料にはなります。しかし最終的には、
実際の取引内容と税法に基づいて、自分自身の申告が判断されます。
そのため、
「専門家に任せているから自分は何も知らなくていい」
ではなく、少なくとも、
- なぜ税金が安くなるのか。
- どの制度を利用しているのか。
- 何が否認される可能性があるのか。
まで理解しておいた方がいいでしょう。
まとめ|「節税できます」より先に「否認されたらどうなるか」を聞く
「節税になります」この言葉は非常に魅力的です。年間200万円。300万円。500万円。税金が減ると言われれば、投資金額が高くても合理的に見えてきます。
しかし本当に確認すべきなのは、
「いくら節税できますか?」だけではありません。
- 「なぜ節税できるのですか?」
- 「その根拠は何ですか?」
- 「どんな場合に認められない可能性がありますか?」
- 「制度が変わったらどうなりますか?」
- 「節税効果がなくても、この投資は利益が出ますか?」
- 「もし税務署に否認された場合、最大でどれくらい負担が増えますか?」
ここまで確認して初めて、投資判断ができます。
不動産会社は不動産の専門家です。税理士は税務の専門家です。しかし、
自分のお金を最終的に守るのは自分自身です。
節税を目的として始めた投資なのに、後から申告内容を否認され、追加の税金を納め、そのうえ物件のローンまで払い続ける。そんな状況になってから、
「不動産会社から節税できると言われた」
と主張しても、失ったお金や時間が自動的に戻ってくるわけではありません。
だからこそ、節税商品を検討するときほど、
「成功した場合にいくら得をするか」ではなく、「前提が崩れた場合に自分が何を失うのか」を見ることが重要です。
節税は投資目的ではなく、投資の結果として得られるメリットの一つとして考える。そして、
節税効果がなくても成立する投資なのかを先に確認する。
「節税になります」という一言を信じて数千万円の投資を決める前に、この原則だけは忘れない方がよいでしょう。