「今月、三百万円売れた」。物販を始めた兄から連絡が来て、千佳は大きなケーキを注文しかけた。月に三百万円。それならお祝いの果物も多めでよいだろう。ケーキ屋の画面で、大きいサイズへ指が動いた。

ところが兄から、続きのメッセージが来た。「仕入れ代とか、いろいろあるけどね」。千佳は注文を止めた。三百万円という明るい照明の下に、まだ登場していない出演者が大勢いるらしい。

以下の兄妹、事業、金額は架空です。物販の売上には、商品を用意するために使ったお金が含まれています。売れた額の大きさを喜ぶことと、その全額が儲けだと受け取ることは、分けて考えたいところです。

売れた商品の代金を、先に舞台へ上げる

兄の説明では、その月の売上三百万円に対応する商品の原価が二百四十万円だった。差額は六十万円。この単純な設定なら、売上に対する粗利の割合は二十%になる。

三百万円が消えたわけではない。商品を買う人から受け取る販売額のうち、もともと商品を用意するために必要だった部分がある、ということだ。商売を続けるなら、次の商品も仕入れる必要がある。

ここでいう原価は、その月に売れた商品に対応する分を考えている。月に仕入れで払った総額を、何でもその月の売上からそのまま引けばよいという意味ではない。まだ売れていない商品が残る場合、利益の計算と現金の支出は別に整理する必要がある。

千佳は、商品が売れるたびに三百万円が兄の財布へ降り積もる場面を想像していた。実際には、商品の代金として出ていったお金を回収し、その上に販売の対価を残す流れがある。売上の大きさには、仕入れた商品の大きさも映っていた。

六十万円残った。でも、まだ営業中の人がいる

粗利が六十万円あるなら、それが兄の月収だろうか。話はまだ続く。販売に伴う手数料、配送、広告、保管、使っているサービスなど、事業を回す費用がある。

仮に、原価とは別のこれらの費用を三十万円とすれば、ここまでの残りは三十万円になる。税などを単純化して省いた説明例なので、実際の最終利益や本人の手取りを計算したものではない。

それでも、三百万円と三十万円では、思い浮かぶ暮らしはかなり違う。兄が話していたのは月の販売額で、千佳が想像したのは本人の自由なお金だった。二人は同じ数字の話をしながら、別の映画を見ていたらしい。

原価だけを引いた数字と、運営費まで引いた数字は区別したい。粗利を示していること自体は正しくても、聞く側が最終利益だと思えば誤解が生まれる。数字の名前は、大きさと同じくらい大切だ。

よく売れるようになると、仕入れも忙しくなる

兄の店は売上が伸びていた。うれしいことだが、増えた注文に対応する商品を先に用意しなければならない。販売の入金を待つ間にも、次の仕入れの支払いが来る場合がある。

利益が出る取引でも、資金の時期が合わなければ困ることがある。一度の販売で残る額だけでなく、何日分の商品を持ち、いつ代金を回収するかを考える必要があるのだ。

千佳は、「三百万円売れたなら、次の仕入れは簡単」と言いかけた。しかし、売った代金を全部受け取っていない場合や、売上を増やすために前より多くの商品が必要な場合もある。売上の伸びは、仕入れの支出を連れてくることがある。

この問題は売上を倍にすると資金が足りない話で、入金の前に引き落としが来る場合は売れたのにカードの支払いが怖い話で扱っている。利益の額と、払う日に現金があるかは、別の確認が必要になる。

三百万円を売るために、どれだけ動いたか

兄は、週末に商品の確認と発送をしていた。注文が増えた分、問い合わせも増えたという。千佳が見ていたのは一行の売上報告だが、その一行の下には、夜の作業時間が積まれていた。

同じ三十万円の残りでも、何時間使い、どんな負担があるかで続けやすさは違う。自分が作業するから現金の支出が少なくても、体力や休日は無制限ではない。今の忙しさを何か月も続けられるかも考えたい。

発送を任せるなら、外注後の費用で採算を見直す必要がある。自分が無料で働いている間だけ出ている残りを、そのまま仕組み化後の利益として考えないほうがよい。人へ任せれば仕事は移るが、費用も変わる。

物流を任せる計算は倉庫も配送も外注した後の利益で詳しく扱う。月商を聞いたとき、「忙しいけれど稼げる」の忙しいほうまで知ると、同じ商売を始める判断も少し現実的になる。

物販は薄利だから全部だめ、で終わらせない

ここまでの例から、すべての物販の利益率が低いと決めるのは早い。商品の性質、仕入れ条件、販売方法、規模などで、費用の構造は違う。価値を伝えて価格を維持する店も、効率的に回して利益を出す事業もある。

大きな売上がある事業を、利益が少ないはずだと決めつけるのも、売上が全部儲けだと思うのと同じく情報不足だ。まず数字の内訳を確認し、その条件で判断する必要がある。

兄の商売も、以前の少ない売上より改善しているかもしれない。今回の三十万円だけでは、過去の費用や投資、今後の変化まで分からない。一か月の結果を見て、成功か失敗かを急いで判定する必要はないのだ。

千佳は、ケーキの大きさで兄を評価しようとした自分を少し可笑しく思った。お祝いする理由は、三百万円が本人の財布に残ったからではなく、事業を一歩進めたからでもよい。数字の意味を確かめることは、成果まで否定することではなかった。

同じ三百万円でも、高い商品を少ない件数で売る場合と、安い商品を多くの件数で売る場合がある。前者は一件の取り消しの影響が大きくなりやすく、後者は梱包や問い合わせの件数が増えることがある。どちらがよいかは条件次第だが、合計額が同じなら同じ手間で同じ利益、という見方はできない。

商品の構成が変わると、売上が増えたのに粗利があまり増えないこともある。前より原価の割合が高い商品が多く売れれば、販売額の伸びと残り方の伸びは違ってくる。兄も、売上の合計だけでなく、どの商品がどれだけ残りを作ったかを見直すことにした。よく売れる商品が、いつも一番利益を支えているとは限らないからだ。

月商の目標を持つなら、費用を引いた後に必要な金額も一緒に決めたい。売上の達成だけを追うと、採算の薄い販売を増やして、忙しさで目標へ届くことがある。数字が大きくなった日の喜びと、続ける意味があるかの判断は、同じ紙で別の欄に置いてよい。

自分も始めるなら、見たいのは売上の裏側

同じ仕事を勧められたときは、売上だけでなく、それに対応する原価と、事業を回す費用を知りたい。必要な資金、作業時間、売れない場合の負担も含めて、自分の条件と照らす材料になる。

報告する側なら、「月間売上三百万円」と「原価等を引いた残り」を混ぜずに示すと分かりやすい。すべてを公開できない場合でも、何の数字かを明らかにすれば、相手の勝手な期待を減らせる。

原価を無視した大きな年商は年商千八百万円でも損をする話で、一個当たりの細かな費用は手数料と送料があとから集合する話で、それぞれ考えている。合計と一件の両方から見ると、どこへお金が動くか理解しやすい。

商品を仕入れない事業を比較するなら、物販とオンラインの副業の違いや、アフィリエイトの仕組みも参考になる。商品代の代わりに制作や集客の費用があるなら、それもきちんと引いて比較したい。

千佳は、普通のサイズのケーキを買って兄の家へ行った。三百万円の話は、相変わらずうれしそうだった。ただ、その後の仕入れや仕事の話も、今度はちゃんと聞けた。数字を一つほどくと、お祝いの会話まで少し深くなったのである。

用語の確認:中小企業庁・損益計算書の見方。原価や費用の例は架空で、物販一般の収益性を示すものではありません。

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