同窓会の席で、「年商一億円」という言葉が出た。隣のテーブルまで、少し静かになった。会社員の真也は、思わずグラスを置いた。一億円。日頃の買い物でその桁を見るのは、電卓のボタンを間違えたときくらいだ。
発言したのは、複数の商品を販売する会社の社長、正木だった。向かいに座る小さな修理店の店主、渡辺は「うちは年商二千万円くらい」と言った。真也の頭の中では、すぐ一億対二千万円の対戦が始まった。勝者はもう決まったように見えた。
ここで登場する二つの事業と数字は、比較のための架空の設定です。実在する会社や業界の標準的な利益率ではありません。事業の規模を比べる数字と、利益を比べる数字を、同じ物差しだと思わないための物語です。
売上の五倍と、儲けの五倍は違う
正木の会社は年商一億円。商品の原価や運営にかかる費用などを引いた後、今回の比較で見る利益が二百万円だったとする。渡辺の店は年商二千万円で、同じ段階の費用を引いた利益が四百万円だったとする。
この設定なら、売上は正木の会社が五倍だが、比較した利益は渡辺の店が二倍になる。売上に対する利益の割合は、前者が二%、後者が二十%だ。大きい売上に小さい割合を掛けると、小さい売上に大きい割合を掛けた結果より小さくなることがある。
もちろん、実際に比較するなら、利益の定義や計算する期間を合わせる必要がある。片方だけ原価を引いた段階、もう片方は人件費なども引いた後では、数字が並んでも比較にならない。二つの事業で費用をどこまで入れているかも確認が要る。
真也は、正木が売上を嘘で言ったと思ったわけではない。一億円は一億円として意味がある。ただ、その後ろへ「渡辺の五倍儲かる」という字幕を、自分が勝手に付けていたことに気づいた。
よく売れる商売は、よく買う商売でもある
商品の販売額が大きければ、仕入れ代も大きいことがある。正木は、次の商品を仕入れ、売り、また補充する。その流れを回すために資金が必要で、売上がそのまま自由に使えるお金になるわけではない。
渡辺の仕事には、部品代もかかるが、知識や手作業への対価が含まれる。扱う商品の原価構造が違えば、売上に対して残る割合も変わる。同じ一万円の売上でも、その一万円を作るために必要だった費用は同じとは限らない。
だから、単に利益率が高い業種へ行けば必ずうまくいく、という話でもない。専門知識を身につける期間、顧客を得る難しさ、対応できる仕事量など、別の条件がある。費用が少なく見える理由を知らずに比較すると、今度は技術を得るまでの仕事が消えてしまう。
真也は、年商だけで競争させていた二人が、そもそも違う仕組みの商売をしていると分かった。巨大な金額が通過する仕事と、技術に対価が付く仕事。どちらがよいかを決めるには、売上の見た目以上の説明が必要だった。
利益が多くても、そのまま社長の小遣いではない
「じゃあ渡辺のほうが、自由に使えるお金が多いんだね」。真也が言うと、渡辺は笑った。「その前に、店の設備も直さないとね」。利益の比較ができても、そこで個人の生活へ飛び移るのは、また一段早かった。
会社の利益と、経営者が受け取る報酬は別の数字だ。個人で営む場合も、必要な税や今後の事業資金などを考える必要がある。事業の設備を更新したり、売上が落ちた月へ備えたりするお金まで、全部生活へ回すわけにはいかない。
借りたお金の返済も、損益の計算と現金の動きが同じにならない部分がある。利益が出ていても手元の資金が少ないことはあり、反対に入金が多くてもそれだけで利益を意味しない。現金の残高を見るときにも、何のためのお金かを確認したい。
同窓会で本人が笑っている様子から、会社の利益、個人の所得、口座の余裕まで一度に推定することはできない。真也は、グラス一杯の間に、ずいぶんたくさんの想像をしていたらしい。
小さい店主は、何時間働いているのか
渡辺の店が利益を多く残していても、それだけで生活の満足度まで分かるわけではない。一人で長時間働いているのか、人へ任せられるのか、休んだときに仕事が止まるのか。働き方には別の確認がある。
自分の労働を増やして利益を残している場合、規模を広げるため人を雇うと費用が増えることもある。一人のうちは高い利益率でも、その仕組みを大きくしたときに同じ割合が続くとは限らない。
反対に、正木の会社は、本人が現場にいない日にも人が働ける仕組みを持っているかもしれない。その維持のために費用がかかっているなら、割合だけ見て非効率と決めつけるのも早い。小さく運営する強みと、大きな組織を作る役割は同じではない。
真也は、ここで初めて二人へ休みの話を聞いた。数字の大きさより、仕事をどこまで自分で担うかのほうが、自分が副業を選ぶときには関係が深かった。売上の大会を観戦するより、暮らしの条件を聞くほうが参考になったのだ。
規模が大きいことには、規模の意味がある
この話から、年商一億円を軽く見たり、小さな店が必ず優れていると言ったりしたいわけではない。多くの取引を管理し、商品を届け、従業員や取引先との関係を維持する仕事には、その規模の意味がある。
利益率が低くても、大きな販売量と安定した運営で十分な利益を作る事業もある。成長のため一時的に費用をかけている場合もある。ある一年の利益だけで、その会社の将来まで決められるわけではない。
小さい店にも、特定の顧客や店主の体力へ依存する問題などがあり得る。比較の目的は、どちらを勝たせるかではなく、何が売上を作り、何が費用になり、どんな条件で続いているかを知ることだ。
正木の一億円を見て「すごい」と感じてもよい。渡辺の二千万円を見て「小さいから簡単」と考えないことも同じくらい大切だ。金額の桁が、仕事の難しさや本人の価値にそのまま変換されるわけではない。
比較する期間もそろえたい。大きな設備費が出た年と通常の年、成長のため広告を増やした月と広告を止めた月では、同じ会社でも見え方が違う。短期間だけの割合から、一年中同じ利益が出ると考えないこと。商売の構造を知るなら、数字がよかった場面だけでなく、条件が変わったときの話も聞きたい。
次に誰かの年商を聞いたら、その先を知りたい
自分が事業を始めるために聞くなら、必要な初期資金、費用を引いた収益、継続するための仕事を知りたい。自分の時間や資金へ当てはめたとき、どの範囲なら試せるかを考える材料になる。
「同じ売上を目指しましょう」という案内でも、その数字を作るために、どれだけの仕入れと運営資金が必要かは確認したい。売上だけを目標にしても、今の生活を支える利益まで同じように付いてくるとは限らない。
売上が大きくても損失になる例は年商千八百万円でも二百万円損する話へ、経営者個人の数字との違いは社長の年収と会社の売上へ進める。自分の収支を整理するときは、売上と利益を区別して記録する記事も参考になる。
商品を持たずに紹介するアフィリエイトを比較する場合にも、売上だけで判断しない。アフィリエイトの仕組みを理解し、記事や集客、外注の費用を含めて検討したい。物販と違う原価でも、費用そのものがゼロになるわけではない。
同窓会の帰り、真也は一億円の話をもう一度思い出した。大きな数字を聞いて焦る気持ちは薄れていた。どちらの財布が大きいかを当てるより、自分が何を続けたいかを考えるほうが難しく、役に立ちそうだったのである。
用語の確認:中小企業庁・損益計算書の見方、中小機構・経営分析の指標。本文の二社と利益率は架空です。
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