「今回も、前回と同じ価格です」。海外の仕入れ先からメールが届いた。河野さんは安心した。商品の値上げがないなら、前回の販売価格で続けられる。ところが送金の準備をすると、日本円で必要な金額は増えていた。相手は嘘をついていない。変わっていたのは、円と外貨の交換条件だった。
商品は同じ、仕入れ先も同じ、請求書の数字も同じ。それなのに、利益だけが違う顔をしている。海外仕入れでは、外貨で値上がりしていなくても、円で見た仕入れ代は増えることがある。商品の原価表に、為替という動く床が付いているのだ。
以下の人物、価格、為替レートは架空です。今の相場や将来の為替を予想する記事ではありません。手数料や税の取扱いを省略した部分は、その都度区別して考えます。
一ドルの値段が違えば、一万ドルの重さも違う
河野さんは、千個の商品を一個十ドルで仕入れる予定だった。商品代は合計一万ドル。見積もりの段階では、一ドル百四十円で計算していた。単純換算すれば百四十万円である。
ところが、支払う時点の換算を一ドル百五十円とすると、同じ一万ドルでも百五十万円必要になる。差は十万円。一個当たりでは千四百円から千五百円へ、百円増えた計算だ。送金手数料などを考える前から、これだけ違う。
「一ドルにつき十円」という響きは、小銭のように感じる。しかし、支払うドルが一万あれば、十円は一万回やって来る。机の上の電卓には、一回で十万円と表示されるので遠慮がない。
河野さんの利益計画は、仕入れ代だけ前のレート、販売価格だけ新しい季節の強気な数字になっていた。都合のいい時点をそれぞれ採用すれば、表の上ではうまくいく。銀行は、その組み合わせでは送金してくれなかった。
売る値段を決めた後に、買う値段が動いていた
河野さんは、販売の案内を先に出していた。商品代や運送などを引くと、一個当たり三百円ほど残る見込みだった。ほかの条件を一定とすれば、為替による原価百円増で、残りは二百円に減る。
売値全体から見れば百円は小さくても、三百円の残りから見ると三分の一だ。もともとの余裕が小さい商売ほど、原価の小さな変化が大きく響く。「少し円安になっただけ」という感想と、「予定利益が大きく減った」という結果は両立する。
すぐ値上げすればいい、という助言も簡単ではない。競合の価格、お客さんが受け入れる範囲、すでに約束した注文の条件がある。仕入れ費用が増えた分を、いつでも全額上乗せできるとは限らない。
反対に円高へ動けば、円での原価が下がる場合もある。ただし、下がることを期待しないと利益が出ない計画なら、商品の販売ではなく、為替が都合よく動くことへ採算を預けている。河野さんは物販を始めたはずで、相場予想の腕を試すつもりはなかった。
前金と残金を払う日が違うと、計算も一回では済まない
次の注文は、発注時に一部を支払い、出荷前に残額を支払う条件だった。河野さんは、発注日のレートを全額へ当てはめた。しかし、後から払う外貨分の円換算は、条件を固定していなければ変わり得る。
仮に一万ドルのうち三千ドルを一ドル百四十円で、七千ドルを百五十円で支払うなら、単純換算の合計は百四十七万円になる。全額を最初のレートで見た百四十万円とも、最後のレートだけで見た百五十万円とも違う。
この例には送金の費用を入れていない。実際には、使う金融機関やサービス、通貨、送金方法などの条件を確認する必要がある。画面で見た相場の数字と、自分が実際に適用される換算条件が同じとも限らない。
注文書、支払いの予定、送金の記録を分けて残すと、どの時点で費用が変わったか追いやすい。「ドルでは同じだったはず」という記憶だけでは、次回の見積もりも同じ間違いを繰り返してしまう。
商品代だけ外貨とは限らない
河野さんは、商品の換算だけ直して安心した。すると別の費用も外貨で請求されていることに気づいた。条件によっては、運送や現地での作業などにも外貨の支払いがある。商品代のレートを変えただけでは、全体の必要資金を確認したことにはならない。
逆に、日本円で確定した見積もりや、特定の期間価格を固定する契約もある。何でも相場に合わせて変動すると決めつける必要はない。請求通貨、価格が確定する時点、有効期限を、費用ごとに見たい。
輸入に伴う税や通関関係の支出も、商品代とは別の確認が要る。税率や手続きは商品や条件で違うため、ネットで見つけた一つの率を全品に当てはめるのは危ない。本記事の簡単な換算例を、そのまま輸入原価の完成形にしないでほしい。
河野さんの表には、商品代、運送、保管、販売後の費用という区分ができた。それぞれ、いつ、どの通貨で、いくら必要かを埋めていく。少し面倒だが、支払い当日に驚くための表から、発注前に考えるための表へ変わった。
下がる予想より、上がっても耐えられる範囲
「来月は円高になるらしい」。そういう話を聞くと、河野さんも期待したくなる。しかし、期待だけで仕入れ数を増やしても、支払日に必要な円は減ってくれない。先の相場を当てるより、いくつかの換算条件で採算を見るほうが、自分の判断に使いやすい。
予定より円での原価が増えたら、どこまで利益が残るか。さらに必要資金が増えた場合、次の仕入れや普段の支払いへ影響しないか。利益の問題と、支払えるかの問題を両方見る必要がある。
取引先と円建ての価格を交渉するなど、為替の影響を受ける範囲を変える選択肢もある。ただし、相手がそのリスクを負う分、条件に反映される場合もある。将来の換算を固定する金融商品などにも費用や契約上の義務があり、何でも無料で解決する仕組みではない。
河野さんは、小口の事業で理解できない方法を急いで使うより、まず発注量と支払いの予定を見直した。薄い利益を、大きな注文と楽観的なレートで守ろうとすると、相場が少し動くだけで不安も大きくなるからだ。
販売後に利益を振り返るときも、計画時のレートを残したままにしない。実際に支払った費用と比べ、予測との差が価格交渉によるものか、為替によるものかを分けて見る。理由が分かれば、次に調整するのが販売価格なのか、注文数なのか、支払い条件なのかを考えやすくなる。
為替のために、売りたくない価格で売る前に
発注後の値上がりが怖いからといって、必要以上に早く買って大量の在庫を抱えれば、別のリスクが増える。為替だけを避けるために、売れ残りを増やしては意味がない。仕入れには複数の不確かさが同時にある。
そのうち、入荷する時期の問題は納期が延びて売り時を逃す話で、資金を商品へ変えてから回収するまでの問題は売れたのにカードの引き落としが怖いで扱っている。どれか一つの対策だけで、商売全体が安全になるわけではない。
物販と情報発信型事業を比べる場合は、物販とオンライン副業の違いも参考になる。国内向けに商品を持たず紹介する場合、同じ外貨仕入れの負担は通常持たない一方、集客や記事制作などの負担がある。違う費用を、同じ計算表へ無理に押し込まないことが大切だ。
河野さんは、再注文する前に換算条件を更新する習慣を付けた。これで相場を操れるようになったわけではない。ただ、「前回と同じ価格です」というメールに、前回と同じ利益まで勝手に同封しなくなった。
一万ドルは、いつ見ても一万ドルだ。しかし、自分が日本円で払う商売なら、その言葉だけで安心してはいけない。仕入れ先との値引き交渉に勝っても、動く換算条件を忘れれば、利益は別の出口から静かに出ていくのである。
参考:日本政策金融公庫・海外取引の決済方法とリスク、ミプロ・小口輸入の決済・支払手段。換算例は本記事独自の架空設定です。
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