「これは絶対に売れますよ」。仕入れの説明を聞きながら、前田さんは胸が高鳴った。担当者は明るく、商品も写真ではよさそうだ。千個まとめれば特別な単価になるという。前田さんの部屋は狭いが、頭の中にはすでに大きな売上が入居していた。

その夜、家族に話すと、質問が一つ返ってきた。「そんなに売れるなら、なぜその人が全部売らないの?」。前田さんは、担当者の笑顔まで思い出したが、答えはまだ聞いていなかった。商品のよさを聞くことと、その取引で相手が何を得るかを理解することは、別の確認だ。

この話の人物と条件は架空です。「卸される商品は全部売れ残り」という結論ではありません。卸には正当な役割があります。そのうえで、魅力的な説明だけを受け取り、在庫の負担まで一緒に買っていないか考えます。

卸す理由があること自体は、おかしくない

商品を作る会社が、全国のお客さん一人ひとりへ販売し、問い合わせに答え、配送するところまで全部得意とは限らない。地域のお店や専門店へまとめて販売すれば、より広い売り場へ商品を届けられる場合がある。

卸売業者にも、複数のメーカーの商品をそろえる、在庫を持つ、小口の注文に対応する、販売先へ情報を伝えるなどの役割がある。工場が大きな単位で作る物と、小売店が必要な数量との間をつなぐ仕事だ。単に「自分で売らないから怪しい」と考えると、まともな流通まで分からなくなる。

小売店側にも、お客さんの相談に乗る、用途に合う品を選ぶ、地域に合わせて販売するなど、メーカーには任せにくい仕事がある。相手が自分へ卸す理由がそこにあるなら、商売の説明として筋が通る。

前田さんが確認すべきだったのは、卸すという行為そのものではなく、「この商品を、この数量と条件で、自分へ売る理由」だった。一般的な流通の役割を聞いたからといって、目の前の千個の採算まで説明されたことにはならない。

相手が売っているのは、商品か、在庫からの解放か

あらためて質問すると、商品は前の企画で多めに生産した分だと分かった。品質に問題はないが、別の販売先では予定ほど動かなかったという。前田さんが最初に聞いた「人気の商品」と、少し印象が違ってきた。

在庫処分品を仕入れること自体は、悪い取引ではない。条件が明らかで、自分のお客さんには合い、費用を引いた後に利益が見込めるなら成立する。しかし、売れ残った理由を知らずに、値引き率だけで決めると、前の販売者の悩みを買い取ることになる。

型が古いのか、季節が過ぎたのか、用途が分かりにくいのか。単に売る場所と相性が悪かったのか。原因によって、自分の売り場なら解決できるものと、どうにもならないものが違う。

安い理由が分からないまま、「安いから大丈夫」と思うのは順番が逆だ。単価の低さは魅力だが、売れない物が安くなっても、自分の口座に戻る金額が増えるとは限らない。値札だけが優しくても、段ボールは生活の場所を遠慮してくれない。

担当者にとっての完売と、自分にとっての販売開始

前田さんが千個買えば、卸す側には一件のまとまった取引になる。一方、前田さんは、その千個をさらにお客さんへ売らなければならない。同じ商品を見ながら、両者が思い浮かべるゴールは違っていた。

相手にとっては在庫が減り、代金の回収が進む。こちらには在庫と、売り切るまでの時間が残る。この違いがあるからこそ、売れ行きについての説明と、買い取り条件を分けて確認する必要がある。

売れなかったら返品できるのか。できるなら期限や対象、送料はどうなるのか。交換だけなのか、返金まであるのか。商品の不良に対する対応と、需要がなかった場合の対応も別だ。「困ったら相談してください」だけで、売れ残りを無条件で引き取ってもらえると考えないほうがよい。

前田さんは、相手が悪い人かどうかを見極めようとして疲れていた。しかし、善悪の当てっこより先に、誰が何を負担する取引なのかを書き出したほうが分かりやすかった。親切な担当者でも、契約上引き取れない在庫はある。

よく売れた実績は、同じ条件で使える数字か

「以前はたくさん売れました」。その説明も、もう少し詳しく聞きたい。どこで、いつ、いくらで、どのようなお客さんに売れたのか。自分と同じ条件でなくても参考にはなるが、そのまま販売予測へ移せるとは限らない。

広告費を大きく使ったときの販売数かもしれない。大きな店の催しで集まった数かもしれない。安い処分価格で売れたのなら、通常価格での需要とは違う。実績を疑うだけでなく、実績が成立した条件を知ることが大切だ。

さらに、出荷した数量と、最終的にお客さんへ売れた数量が違う場合もある。卸先へ送った数を、そのまま消費者の人気の証拠にしていないか。「どこまで売れた数字ですか」と確認すると、同じ売れ筋という言葉の中身が見えてくる。

前田さんは、先方の取引先の事情まで何でも開示してもらえるとは思っていない。出せない情報もある。それでも、確認できない部分が多いなら、その不確かさを数量へ反映することはできる。分からない条件を、都合のよい確信で埋める必要はない。

小さく買うと割高でも、大きく失敗するより安いことがある

千個なら一個六百円、百個なら八百円。仮にこういう見積もりが出たら、前田さんは以前なら千個を選んでいただろう。二百円も安い。だが商品代の支出は、六十万円と八万円で大きく違う。

百個の試し販売は、一個当たりの利益が小さくなる可能性がある。その代わり、実際に買われるか、説明に何が足りないか、問い合わせがどれだけ来るかを確かめる機会になる。全量を買う前の確認に、費用を払うと考えることもできる。

小口で買えないなら、その条件が自分の資金や販売力に合うか判断したい。「今回しかない」と言われても、今回の自分に合わない取引なら、見送る意味はある。安く仕入れる機会と、利益を残せる機会は、いつも同じ顔では現れない。

数量の罠はまとめ買いで安くなった売れ残りで、商品の需要を確かめる仕事は売れ続ける商品の探し方で扱っている。相手の説明を聞くことと、自分の売り場で検証することを分けたい。

卸す側のメリットを、ちゃんと質問してみる

どんな販売先を探しているのか。自分のような小口の店に何を期待しているのか。継続して補充できる商品なのか、今回限りの在庫なのか。こうした質問への答えがあると、自分が担う仕事もはっきりしてくる。

説明と契約条件が合っているかも見たい。継続的な販売を勧める一方で、再注文の予定がないなら、その商品一つを長期事業の柱にはしにくい。利益の説明に返品や配送の費用がないなら、自分で足して計算する必要がある。

「売れないからあなたに卸しているのかもしれない」と、一度は逆側から考えてみる。その疑問は役立つ。ただし、そこで決めつけて終わらず、なぜ売れなかったのか、自分なら条件を変えられるのかまで確かめることで、仕入れの判断につながる。

在庫を買わずに、商品選びの知識や比較情報を発信する方法は、自分の商品を持たない副業でも紹介している。どの方法でも、「売れるらしい」という一言から、自分が何を担い、何に対して利益を得るかへ話を戻すことが大切だ。

前田さんは、千個の契約をその場では決めなかった。担当者に質問を送り、条件を持ち帰った。頭の中の大きな売上はいったん退去したが、そのおかげで現実の部屋と口座には余裕が残った。仕入れの話は、相手が売り切ったところから、自分の勝負が始まるのである。

参考:日本政策金融公庫・中小卸売業の機能に関する調査、PALTAC・卸売業とは。卸の役割の確認に用い、架空の取引の根拠とはしていません。

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